アルファロメオがF1参戦か?? セルジオ・マルキオンネが検討中

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F1が先月最終戦を終え、いわゆるストーブリーグに突入しているが、来年からハースという新規参入チームができたり、色々と話題がある。このハース、日本で言えば、ヤマザキマザックのような工作機械メーカーで、いわゆるダイヤモンドカットなど切削加工を施した各メーカー純正ホイールなども作っているメーカーだ。

先月発表があったアストンマーティンがF1復帰というトピックに続いて、イタリアの名門(F1に於いて)、アルファロメオがF1復帰に意欲があると同社及びフェラーリを参加にもつ、フィアットクライスラーオートモービルズ(FCA)会長のセルジオ・マルキオンネが発表した。

アルファロメオは、第二次世界大戦以前からモータースポーツに参加しており、フェラーリ創始者エンツォ・フェラーリは、アルファロメオのレーサーとしてF1に参戦していた。レーサーとしては大した活躍はしなかったが、アルファロメオの販売と併せて、アルファロメオがレース活動を休止するとマシンを借り、セミワークスチームとしてチーム監督としてレースに参戦していた。当時ヒトラー率いる政府が支援し、圧倒的な強さを誇ったメルセデス・ベンツ、アウトウニオン(アウディの前身)を前に連敗を喫していた。しかし、敵地ドイツ、ニュルブルク・リンクでドイツ勢を破り、アルファロメオに伝説的な勝利をもたらした。

指揮官(コメンダトーレ)としての才覚を発揮しだしたエンツォフェラーリだが、その後アルファロメオと対立し退社。そのまま世界は、第二次世界大戦へ突入。大戦中は軍需産業の一翼を担う工作機械メーカーとなり、大戦後の1947年、スクーデリアフェラーリを設立。1950年から始まったF1へ、宿敵アルファロメオとともに参戦。しかし、F1初年度は出走するレースでは、全て優勝していたアルファロメオに一勝もできずに終わった。フェラーリとしての初めて優勝は、翌年1951年、この当時最強だったアルファロメオを破ってもたらされた。

このとき、エンツォは「私は母親を殺してしまった」と、母体であったアルファロメオに対する複雑な心境を表した名言(?)を残した。

こんなライバル関係だったアルファロメオとフェラーリ。今はご存じの通り、2社とも破綻の危機に手を差し伸べてくれたフィアットの傘下に収まっている。大戦前からレースに参戦していた由緒正しいアルファロメオが、これまた伝統のフェラーリ、メルセデス・ベンツと供にグリッドにつけるようになったら、オッサン(1950年から見てる人は中々いないと思うが)には、胸熱だと思う。

恐らく、参戦を検討しているアストンマーティンも提携先であるメルセデス・ベンツのエンジンをベースにしてくるように、アルファロメオもフェラーリのエンジンをベースにするのではないかと思うが、なんにしても衰退著しいF1というブランドを盛り上げてくれる要素は喜ばしい限りだ。

 

引用元 ansa.it

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